花と緑に囲まれた自然豊かな地、センレストレーヌ。
この地には古くより、人の世を乱すゴーストが存在していた。

彼らの存在が、この土地で魔術を発達させた。
ゴーストは古代の魔術師たちによって封じられてきたが、
50年に一度の周期でよみがえっては、人々に恐怖をもたらした。
当時の魔術は未発達で、魔術師と彼らの戦いは永遠に続くかのように思われた。

しかし今から300年ほど前、まさに封印がとけるその年、
ゴーストと戦うべく、一人の優れた魔術師の青年が選ばれた。
その当時、センレストレーヌの大きな魔術学園で学んでいた彼は
まだ年若いにも関わらず、強大な魔力を持っていた。
彼は苦しい戦いの末、ゴーストの封印に成功した。
今までの魔術師とは違い、彼の封印は強力だった。
それ以来ゴーストが復活することはなく、センレストレーヌには長き平和が訪れた。

その時の流れと同様、魔術はゆるやかに廃れていき、
代わりに豊かな文明が開化していった。
人々は次第に魔術やゴーストの存在を忘れてゆき、それらは土地の歴史として、
文学へと形を変えた。
いつしか封印の場となった場所には、大きな学園が建てられた。
聖レイデン女学園、
――争いや魔術とは無縁の、平和なこの学園は穏やかに
その長い歴史を刻むこととなる。


しかし今、その平穏な日々に、不穏な影がよぎり始める。
『聖レイデンの七不思議』
学園内で突然起こりはじめた不可解な出来事を、生徒たちはそう呼び、
ひっそりと語る。
その噂が真実か否か知る者はいない…。








清々しい朝の空気が、辺りいっぱいに立ちこめる。
春を迎えた季節、樹木の芽やほころんだ花が、日の光を浴びてきらきらと輝いていた。

――聖レイデン女学園。

全寮制で、中等部と高等部をそなえた、広大な敷地面積を持つこの学園は、
今日から新学期が始まる。
学園内では生徒たちの楽しそうな声が響いている。


「おはよー」

「ねぇ、ちゃんと宿題終わったー?」

「あたりまえじゃない!」


そんな笑い声の中、高等部の校舎を急ぎ足でかけてくる姿があった。
木目の廊下にひびく足音は、”2−A”と書かれた看板のかかった教室の前で止まる。
バタン、と少々派手な音を立て、教室の戸が開き、一人の少女が姿を見せた。

「おはよーっ!」

淡いミルクティー色のロングヘアーに、大きなリボンを両側につけた少女が、
明るい声で友人に挨拶をする。

「おはよう、ティーラちゃん! ギリギリセーフだねっ!」


彼女の名前はティーラ。
いつも元気はつらつとしていて、明るい性格の彼女は少々そそっかしい。
新学期初日だというのに息を切らせて教室に入ってきた、
そんなティーラを驚きの表情で迎えたのは、セシル。
ティーラの仲の良い友人の一人だ。

「えへへ……ちょっと寝坊しちゃって」

お休みなのかと思ったよ、と心配するセシルに謝りながら、
ティーラは扉を閉め、気を取り直すように教室を見渡した。

(今日からいよいよ高等部二年生かぁ……! 
特に何も変わらないけど、新学期ってなんかわくわくするんだよね・・・!
何か楽しいことないかな?)



少人数のクラス編成。造りは古いが、落ち着いた雰囲気のある内装。
きちんと整列した机の合間を縫うようにして、ティーラは自分の席へ向かった。
学校開始初日のため、あまり重さを感じないカバンを机に置き、椅子を引く。
席についてほっと一息つくと同時に、前の席の少女がくるりと振り向いた。


「おっはよ、ティーラ。新学期早々遅刻?」

「おはよう、アイリーン。違うよ、"遅刻寸前"で遅刻じゃないんだから。」


長くきれいな髪をポニーテールに束ねて、いたずらっぽく話しかけるアイリーンに、
ティーラは笑いながら訂正した。
彼女もまた、ティーラの仲の良い友人の一人だ。
先生はまだ来て無いし、ベルが鳴り止む前に教室に入ったから大丈夫だと、
ティーラは笑いながら反論した。
そんなティーラを見て、あいかわらずだね、とアイリーンはクスクスと笑う。

「あんまり変わらないよ。…あ、ねぇねぇ知ってる? 
ウチのクラス、転入生来るらしいよー」

苦笑を漏らしていたアイリーンが、思い出したようにティーラに告げた。

「へぇー…!」

ティーラは興味を引かれ、詳しく話を聞こうと身を乗り出す。
そこにセシルがやってきてアイリーンの隣へと座った。
ちょうどその時、教室の扉が開く。

入ってきたのは、眼鏡をかけた長身の若い男性。
彼は教卓に手をつき、教室を見渡した。

「おはようみんな。今年、このクラスを担当するリーヴルベルだ。
みんなとは音楽の授業でも会うことになる。
今年一年、よろしくな。……さぁ、早速だが出席をとろう。……ルフラン」

出席簿を開き、生徒の名を読み上げていく。
そんな中、ティーラは先ほどアイリーンから聞いた転入生のことを考えていた。

(転入生かぁ……ここって中等部からの学校だし、高等部二年からの転入生って
珍しいなぁ…)

生徒達の名前が次々に呼ばれていく声は、ティーラの右耳から入り左へと抜けていく。

「……ラ、ティーラ。……ティーラ?」

(どんな子なんだろ? 仲良くなれたらいいなぁ…)

「ティーラ」

ばさり、と名を呼ぶ声と共に頭に何かがあたって、ティーラは我に返った。

「こら。新学期早々ぼーっとしてないでちゃんと返事をすること!」

「はぁい…」

ティーラの前には出席簿を持ったリーヴルベルが立っていて、
ティーラはしまったと小さくなった。
去年も彼のクラスだったティーラは、なんとなくこの先生が苦手だった。

「よし…全員出席だな」

リーヴルベルが教卓に戻り、ティーラはほっと息をついた。

「…さて、ホームルームに入る前に、まず転入生の紹介をしよう」

“転入生”の言葉に、みんなすっと息をひそめ、静かな教室は更に静まった。
ティーラも緊張しながら、転入生の登場を待つ。

「さ、入っておいで」

リーヴルベルが扉の外、廊下に向けて声をかけると、
静かに扉が開き、コツコツと小さな足音を立て、
一人の少女がが教室内へと入ってくる。
少女は教卓のそばで立ち止まり、体の向きを変える。

「はじめまして、リリスと申します。父の仕事の都合で引っ越してきました。
 まだ分からない事もたくさんで、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、
よろしくお願いします。」

ぺこりとおじぎをする動きにあわせ、ふんわりと巻かれたロングヘアーが
柔らかく流れる。
大きな瞳に、やわらかく笑んだその少女は、
同性のティーラが思わず見とれてしまうほど愛らしかった。

「みんな仲良くするように。…リリスの席は、…そうだな
…ティーラの隣が空いているな。よし、窓際の列の、あそこに座りなさい」
「はい」

不意に耳に飛びこんだ先生の言葉に、ティーラはドキリとした。
今確かに、先生の言葉に自分の名前が出たような気がする。

席につくようにとうながされたリリスが、ティーラの方へと歩いてくる。
ティーラはその様子をドキドキしながら見つめていた。
軽く椅子をひき、席についたリリスは、ティーラに顔を向けほほえんだ。

「よろしくお願いしますね」

「こ、こちらこそ!! わかんないことあったら、遠慮せずきいてね!」

「ありがとうございます」

嬉しそうに笑顔を見せるリリスに、つられてティーラも笑顔になった。
とてもかわいく、話も合いそうな転入生のリリスと隣の席になれ、
ティーラの新学期は絶好調の滑り出しだった。


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